記事一覧

TVドラマ

家呑みで ダラダラとTVを観ていました。
これはという観たい番組の無い時は 私は 女優の顔でチャンネルと決めます。
今日は 雛形あきこです。番組途中からの鑑賞です。筋なんて気にしません。
好みの顔の女優が動いてるだけで 酒の肴なのです。

でもでも、その雛形あきこが巫女になって 祭礼の宴で舞を舞っています。
♪♪♪~あれぇ?この曲どっかで聞いたことがあるぞぉ~。
そうだ。これはトルコ軍の古い行進曲だ。
なぜ 私がこんな曲を知っているかと言いますと、昔 TVの番組で1度聞いたことがあったのです。
なんとも 哀愁を帯びた曲で 1度で耳に沁みついてしまいました。
それから やっとの思いでCDを見つけ購入しました。今もこの部屋のどこかの箱の下に眠っていることでしょう。
哀愁を帯びてさらに日本風に編曲もしていますが 伝統の神前で巫女の舞う曲ではないやろぉ~。
こんないい加減な演出、この後見ても詰まらないでしょう。
直ぐに チャンネルを替えました。

替えた番組が「吉田類の酒場放浪記」
ただの呑助が 酒場に行って酒を呑むだけの番組ですが 今日の番組挿入歌が「デェストラーゼ」
こっちの音楽監修の方がよっぽど優れています。
昔 角川映画で日本の田舎が舞台の映画でビートルズの「Let It Be」が挿入歌で使われましたが
具体性のないところでの挿入で あれはあれでよかったように思います。

TVドラマとか映画で 時々このように自分で納得できない設定に遭遇すると 後は見る気がしません。

でも 落語はこのようなとんでもない設定、とんでもない話しの進み方という噺がいっぱいあります。
いっぱいあるというか 殆どがそうなのですが 何故かそこに違和感は感じません。
いや、多少は感じても直ぐに許してしまうのです。入り込んでしまうのです。
ここが 映像と落語の違いなのかなぁ。
上手い人の噺は 直ぐにその落語の世界に入り込めますが
私の落語は まだまだ「おい、そんなことあるかいな」と現実の世から落語の世に引き込むことができないことが殆どなのです。

私も稽古を積んでいますが
「頭から桜の木が生え そこで花見をする客がうるさくてかなわん」
そんな異次元の世界にも客を引き込めるようになれるのはいつのことでしょう。
なが~い目で見てください。
おっと、自分の歳も自覚しないといけないと思ったら、酔いがさめてきた今宵です。
スポンサーサイト

コメント

No title

突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているさくらといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^

コメントの投稿

非公開コメント