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廓日記 その1

まず なんで私が 元廓屋敷に間借りをするようになったかという辺りからお話ししましょう。
当事の大学生の生活の場というのは 大学の寮か 民間住宅の空き部屋を借りるというのが相場でした。
今のように 学生相手のワンルームなんてありません。
殆どの学生が 共同トイレ・共同洗面・共同流し・共同風呂の六帖間か四畳半での世界です。
それに朝夕の食事がついているのが下宿でした。
上村一夫・神田川・松本零士・漫画家残酷物語・ガロ・ときわ荘物語の世界です。
師匠以上の年代しか分からない世界です。まあ、ぼんやりと雰囲気だけでも味わってください。

私が 大学に入ったとき 自分の目で部屋を見ることもなく、大学の生協から紹介された処に荷物を送り
それが 部屋の賃貸契約です。
その下宿は 2・3人の定員ではなく 10数名の収容能力がありました。
あき部屋を 無駄にならないように貸してるようなものではありません。
本業が 建設業で 広い作業所・倉庫が必要です。其の2階を下宿にしていたのです。

片手間で遣るような事業ではありません。なんでこんな割の合わない事業をしたのでしょう。
あまりお勧めできる事業ではありません。
部屋に女は連れ込む、プロレスごっこしているもの、徹夜でマージャンしているもの、
あの下で生活していた思うと頭が下がります。
ただ徹夜のマージャンだけは よっぽど頭に来たのでしょう何度も怒鳴られました。
下から 上がってくる足音の激しさでどのくらいの怒りか分かるのです。
我々も 馬鹿ではありません。足音の聞こえた時、2階の分電盤に近いものが直ぐにブレーカーを落とすのです。
2階は 真っ暗。どの部屋でマージャンをしていたか分かりません。息を殺して嵐が過ぎ去るのを待ちます。
嵐が過ぎ去った後 大人しく寝るかと思うとそれは出来ません。
ふつうのマージャンは半チャン2回という縛りがあります。途中で止められません。
それからは 炬燵板(マージャン台)の上に毛布をひいてのゲーム遂行です。
それでも 気が載ってくると音が出るものです。
一晩で 3度も上がってきたことがありました。
あの時はごめんなさい。反省しています。
でも あれで 貴方(下宿オーナー)も辛抱強くなったことでしょう。
だから その後 議員になることができたのは 
この時の我慢する気持ち、若人を育てようとする大らかな気持ちを育だてたのは我々だと思っています。
いえいえ、本当にご迷惑をおかけしました。

そんな下宿 大体1年か2年で出て行きます。
私の記憶中で 4年間そこで暮らしたツワモノが2人います。
それは 下宿の娘 20代でなかなかのかわいい娘さんでした。
この娘さんに惚れていたからだろうと思います。

そんな中 私は追い出されたのです。
怒られながらも 私は可愛がられていたのですが。(自称です)
そこへ お嫁さんが来られたのです。この方には 新婚の夜中の騒音が許せなかったのでしょう。
また 私のだらけた生活そのものが許せなかったのです。
「〇春さん(まだ勘春ではありません)、内は下宿です。食事を食べて貰って下宿代を頂いています。
あなたみたいに 朝は寝てる。昼からパチンコに行って晩御飯にも帰って来ない。
食べない食事を捨てるのは勿体ない。あなたも食事の時間で縛られるのは嫌でしょう。
部屋代だけの処に代わったら」とのこと。社交辞令というか慇懃無礼←いえいえ、悪いのは私です。
で、捨てセリフ 「はい。出ます」
とは言ったものの 当時の私は どのようにして部屋を探したらいいものか契約したらいいのかさえ分かりません。
先の読む能力のないい加減もん。パチンコ屋への行き帰りにアパートらしきを見つけては
飛び込みで「ここ空き部屋ありますか?」
そん事 聞かれても 住民の方も困ります。
先のめども付かぬまま 相変わらずのパチンコ通い。
「〇春さん、行き先決まった?今月 終わりには新しい子の荷物が届くのよ。早く決めてね」
「新しい子」 おれは〇春。
なんだか 可愛さが違うニュアンスです。
古くから飼われてる先輩猫が 新たに入って来る子猫に嫉妬を覚えるそんな感じです。

やっと 下宿を出て行くところまで話が進みました。
この調子なら 引っ越しできるのは何日後?
まあ、気長にお読みください。
 

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